続いて第2部。
チェルノブイリ原発事故の翌年から24年間取材活動を続け、3.11東日本大震災でも、すぐさま放射能測定器を持って現地に向かい、取材をおこなった広河さんのスライドトークがおこなわれました。
広河さんは事故後数回に渡って福島を取材測定器の針が振り切れるほどの高い線量は、
チェルノブイリでも経験したことがなかったこと、その状況下で、住民の方々が事実を知らずに避難先からひんぱんに自宅や畑に戻ってきていたこと。
事故から数日は警察による道路封鎖も何もなく、広河さんは住民に測定器を見せながら、大声ですぐに逃げるように訴え続けたと言います。
一方、25年前の
チェルノブイリでは、
原発事故の直後、人々を避難させるべきか、汚染を知らせるべきかという激しい議論が起こったが、原発から30キロ圏内の避難は女性と子どもが優先され、120キロ離れたキエフ市からも子どもたちが全員避難したとのこと。
チェルノブイリ事故後の住民被爆の現状から、今後の福島について語る広河さんそして、25年後の日本では、真実を知らせることが使命であるはずのマスメディアが、今回の
原発事故の事実を隠し続けています。
このままでは病気にならなくてもよい子どもたちが病気になる、一刻も早く食品の放射能測定や
内部被曝測定を、と呼びかけました。
そして、広河さんのトーク終了5分前に、
おしどりのおふたりが滑り込みで到着!!
第3部が無事スタートしました。
奇跡的にイベントに間に合ったおしどりのふたりおしどりは、アコーディオン奏者のマコさんと、針金芸人のケンさんの夫婦コンビ。
吉本クリエイティブ・エージェンシー所属の芸人さんですが、大阪から東京に拠点を映して3ヶ月目に東日本大震災が発生。
4月からは
東電記者会見に通い始め、現在も
原発事故による
内部被曝について追及を続けています。
マコさんが東電や
原子力安全委員会に日々投げかけている質問の専門知識の深さは、本当に驚異的。それもそのはず、マコさんは鳥取医科大学生物科学科中退という経歴のお持ちなのです。
おふたりは、記者会見に通うようになったきっかけや、飯舘村の青年部の方々との交流、日々の記者会見で繰り広げられている攻防、放射能について語ることの芸能活動への影響などについて話してくれました。
また、
記者クラブ所属の大手メディア記者たちが、東電や国を追及するどころか逆にマコさんの鋭い質問を阻止し続け、東電側から驚くべき事実が発表されてもまったく報道しないことなどは、もちろんテレビや新聞を読んでいるだけでは知ることができません。
改めて、いかに情報が覆い隠されているか、本当に知りたい情報は、自分から探す姿勢が大切だと気づかされました。
後半には広河さんと
おしどりとの対談もおこなわれました。
原発事故や被曝に関するさまざまな疑問や情報を語り合う3人今回が初顔合わせだった3人。
マコさんは、「広河さんにお聞きしたかったことがたくさんあるんです!」と、飯舘村をはじめとした避難地域を訪ねて聞いた現地の声をもとに、
チェルノブイリの現状や対策について質問していました。
会場のみなさんが熱心にメモを取りながら聞き入っていたのが印象的でした3人の話しをもっともっと聞きたいところでしたが、ここで終了時間。
最後に、主催側から、放射能測定センター設立のためのカンパを呼びかけ、お越し頂いたみなさんから寄付をお預かりいたしました。
(会計報告は、別途記事にて)
暴風雨の中、会場にお越し下さったみなさま、当日を楽しみにしてくださっていたのに来られなかったみなさま、本当にありがとうございました。
来られなかったみなさまから、当日と翌日、たくさんのお電話やメールをいただきました。
文字通り、嵐の船出となりましたが、私たちは放射能の問題とこれから何十年と付き合っていかなければなりません。
子ども達と、未来の世代のために、これから活動していきたいと考えています。
ぜひみなさまのお力をお貸しくださいますよう、よろしくお願いいたします。
◇ご参加された方が、当日の模様をブログに書いてくださいましたので、こちらもぜひお読みください。
「六ヶ所村で自然を返せと叫ぶ。」新・伏臥漫録~フード・マイレージ資料室から」 また、
おしどりはWEBマガジン「マガジン9」にて、日々の記者会見出席や
内部被曝に関する取材について、
猛烈なスピードで連載しています。
オピニオンウェブマガジン「マガジン9」(
takako)
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